文:訳す「『知ってる人、さすがにおらん…』(いる!いるよいるよ!ここにいるよおおお)ージュリアン・レノンの『ヴァロッテ』を和訳してみた」




 中学時代、Aさんは同じ吹奏楽部に所属している同級生で、中2の頃からビートルズとポール・マッカートニーの「マニア」と呼んでもいい程の大ファンだった。会う度に様々なことを教えてくれたので、当時は然程関心のなかった私でも、いまだに覚えていることが幾つもある。そのうちの一つが、「ジョン・レノンにはオノヨーコの前に奥さんがおり、その奥さんとの間にジュリアンという息子がいて、母親がジョンと離婚したために悲しい思いをしているジュリアンをポールは慰めようとした、かどうかは定かじゃないけど、 “Hey Jude”はジュリアンに宛てて書いた曲である」というもの。


 そんな訳で私はこの辺の事情を知っていたんだけど、アレには参加できなかったので、あの場では挙手出来なかった。大変残念である。

 これをお読みになっている方で、「アレ」とか「あの場」とかよく解らないという方、事情があってこれ以上説明できないので軽くスルーして読んでくださいませ。


 で、そのジュリアン・レノンの1984年のヒット曲、 “Valotte”、今日はこれを訳してみようと思う。もちろんうざったい英語解説付き。




 “Valotte”とはどうやらジュリアンがこれを書いた時に縁のあったお城の名前らしい。そう聞いてふと思い出したのが、島崎藤村の「小諸なる古城のほとり」。城跡というのは、そこに一歩踏み入れると詩情を湧き立たせるものなのだろうか。


 ジョンの “Imagine” を彷彿させるメロディが印象的なこの曲、歌詞としてはどうも、ジュリアンの父であるジョンを想起させもするという見方が多く、確かにそうも読める。というか、それがあるからこそこういう詞になるんだろうなとも思えるのだが、そこはやはり自分としては、昔英文学を学んでいた時分の「テキスト論(=作家と作品は切り離して考える)」に則って、作家の過去などには余り拘らずに訳してみたいと思う。



 では、まず原詞を。


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Sitting on the doorstep of the house I can't afford

I can feel you there

Thinking of a reason, well, it's really not very hard

To love you even though you nearly lost my heart

How can I explain the meaning of our love?

It fits so tight, closer than a glove

 

☆Sitting on a pebble by the river playing guitar

Wonderin' if we're really ever gonna get that far

Do you know there's something wrong?

'Cause I've felt it all along

 

I can see your face in the mirrors of my mind

Will you still be there?

We're really not so clever as we seem to think we are

We've always got our troubles, so we solve them in the bar

The days go by, we seem to drift apart

If I could only find a way to keep hold of your heart

 

(*←後述)

 

Sitting in the valley as I watch the sun go down

I can see you there

Thinking of a reason, well, it's really not very hard

To love you even though you nearly lost my heart

When will we know when the change is gonna come

I've got a good feeling and it's coming from the sun

 

Sitting on a pebble by the river playing guitar

Wonderin' if we're really ever gonna get that far

Do you know there's something wrong?

We'll stick together 'cause we're strong



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語彙:

doorstep 戸口の上り段

tight きつい、固い、しっかりとした

pebble (水に洗われて丸くなった)小石 <裁きなどの象徴>

get far 遠くへ行く(成功するなどの意味もあるが、ここでは直訳に近い意味でいいだろう)

bar <<英>>[通例 the~](裁判官席・弁護士席と被告席・傍聴席との)仕切り;被告席;裁判所;法廷

all along ずっと、最初から

drift 漂う、あちこち動く

valley (山と山の、しばしば川が流れている)低地、谷間、谷



pebbleに着目。ここに裁判のイメージが入り込んでおり、先のthe barの部分につながる。これが書き手の意図とは違っても、語っていいんですよ文学研究では笑。「そう読める」ってのが大事。


 今回も、3、4本の和訳ブログを拝見してきたが、今までになく訳が「雑」な印象があった。というのも、文法的アプローチが殆どなされておらず、ぼんやりとした訳ばかりだったからである。

 文章ってのは、それがたとえ歌詞であっても、ちゃんと文法的に成り立ってるのが普通なのだ。勿論訳すのが難しかったり、日本語として置きようがなかったりして、ぼんやりとならざるを得ないって歌詞もあるにはある。けど、今回のこれは、冒頭2文目なんて、誰も中学で習ってきた構文が使われているんだよ?そこをガン無視して訳すのはどうかと思った次第。だから今回は特に冒頭の数行にスポットを当てて進めて行くことにする。





 ところで文法を語る前にひとつ。脚韻を踏んでるのにお気づきだろうか。


(1連目)

hard / heart

love / glove


(2連目)

guitar / far

wrong / along


(3連目)

are / bar

apart / heart


こういうところも英詩っぽくていいんだよなあ。




 では見ていこう。


Sitting on the doorstep of the house [I can't afford], I can feel you there


Sitting~は分詞構文。分詞構文は「理由」「時」「譲歩」など様々な訳し方があるが、「~して」と付帯的に訳すと大体どれも上手く行く。分詞構文は慣用表現以外はネイティブが使う文法である面が大きいので、読んで意味が解ればいいくらいに捉えてほしい。


the house以下は、the houseが先行詞、後ろのI can’t affordの前に関係代名詞が省略されていると考える。「僕には買えない家のドアに続く階段のところに座っていると、あなたがここにいると感じる」といった意味。


 で、次。


Thinking of a reason, (well,)

 it's really not very hard to love you 

even though you nearly lost my heart


文法的な区切りで行替えしてみた。

頭のThinking~は先程と同じ分詞構文(今回の歌詞、多いよこれ)。「理由を考えて」の意味だが、ここは訳す時、後ろとの兼ね合いで考えて少し変えた。


 で、問題の「中学で習った」のは次の部分。


it's really not very hard to love you


これはit~to do…構文ですよ、皆様。「イットトゥー構文」と私は呼んでいる。え?それ何?って?じゃあ、これ読んで。きっと解るよ。見たことあるよね。


It is difficult (for me) to study English. 「英語を勉強することは(私には)難しい」


中学までは「私にとって」ってやるんだけど、このfor Aは高校に入ると「to不定詞の意味上の主語」と呼ばれることを学習するので(ちょっと脱線すると、なんでこんなことをやるのかと言えば、準動詞と呼ばれる不定詞・動名詞・分詞は元々は動詞な訳で、従って「意味上の主語」が存在することも多いのである。そこで、不定詞だけをforの訳に合わせて「~にとって」としたままにするのではなく、統一させて「~は」と捉えさせると準動詞全てが解りやすくなるのである)、「私には」としてある。


 で、歌詞に戻ると、この構文と同じであることに気づくのではないだろうか。

 it はto~を指すので「あなたを愛すること」、これが主語になると思って訳すので、「あなたを愛することは~」となる。not veryで消極的否定「余り~ない」(絶対~ない、と勘違いしないように)、従って「あなたを愛することはそんなに大変なことではない」となる。


 ここを全く解ってない訳ばっかしだったのよ。悲しかったわ。この辺はキチンと意味を取って欲しいところ。

 残りを見よう。


even though you nearly lost my heart


even though「たとえ~でも」の意の接続詞。nearlyは副詞で「ほとんど、もう少し、すんでのところで~するところ」。


Her heart had nearly burst with expectations. 

(彼女の心臓は期待で破裂しそうだった)<ジーニアス英和大辞典 [プラス] >


実際に破裂したら困るでしょう?だから破裂はしてない、という文脈が大事。つまり上の歌詞では、 “you lost my heart”はまだしてないってことになるの。細かいとこだけど大事な点なので、結構受験でも問われたりする。まとめると「たとえあなたが僕の(あなたを思う)気持ちを見失いかけていたとしても」となる。




 次はここ。


Do you know there's something wrong?


受験の基本例文の一つがここにある。


There is something wrong with my watch. (私の腕時計は調子が悪い(ところがある))


これを踏まえて直訳してみると「具合が悪いところがあると知っていたかい?」となる。ここは意訳しないと解りにくいよね。その成果は最後の和訳へ。

 次へ行く。


We're really not so clever [as we seem to think [we are]]


not so[as]~as… 「…ほど~ではない」も、高校1年で出てくる比較の表現の一種(中学では「…と同じくらい〜ではない」とやる場合が多い。高校に入るとその訳では甘く、「ほど」という程度の表現と差し替える)。その後ろだが、seem to do「~のようである」の中は、thinkの後ろにthat節のthatが省略されていると考え、we are=私たちが(今そうで)ある」の意と取ると解りやすいはずだ。直訳すれば、「私たちは、私たちが今そうであると思うであろうほど利口ではない」ということ。要は、自分達が思ってる程、自分達はなんぼのもんでもない、くらいの意味。


 で、文法説明は次が最後。


If I could only find a way to keep hold of your heart


これまで何度も出て来たけどこれも仮定法過去の文。If I could only~の語順になってはいるけど、if only~!で、「~ならいいのになあ!」という定型表現があるので、それだと考える。keep hold of~「~をしっかりと捕まえる」a way to do~も決まった言い方だね。to不定詞の形容詞的用法で、「~する(ひとつの)方法」。




 さて、ここからは鑑賞。

 アレを配信で見たり、生で見たりした方は、この歌詞の途中までしか聞いてないことになる(原文の(*)まで)。従ってここまでだと、歌詞に出てくる2人がどうなっちゃうのか解らないままなのである笑。

 ところが最後まで聞いてみると、この恋人と思しき2人は、別れることなくもう一度頑張ってみようよ、という結論に達するのだ。ここが素晴らしいんだ。最後の歌詞を見てほしい。


We'll stick together 'cause we're strong


stickは「くっつく」の意味。「僕らは互いに離れないだろう、なぜなら僕らは強いから」が直訳である。互いにもうダメかなと思うところまで来ていた2人が、最後には再び互いを見つめ合うという歌詞。

 いやあ、泣かせるじゃないの。ねえ、大賀さん。


 それでは和訳、行ってみよう。

 原詞が割と硬い文なので、その感じを生かしたくて、今回は出来る限りストレートに行けるところは余りいじらずにそのままにしたつもりだ。これを読んで頂き、ジュリアン・レノンの原曲を聴きながら、あの日に、あの笑顔に想いを馳せて頂ければ幸いだ。



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買えもしないようなこんな家のポーチに座っていると

あなたがそこにいるような気がする

何故だろう そんなに難しくないんじゃないか

あなたを愛することは たとえほとんど愛されてなくても

僕らの愛の意味 どう説明しようか

余りに窮屈で きつい手袋をはめたような


☆川縁の石に腰を下ろしギターを弾きながら思う

これ程までに遠くへと僕らは離れていこうとしているのかと

どうもギクシャクしたよね

僕は最初から感じてた


心の鏡にあなたの顔が見える

まだそこにいるのかい

僕らは自分たちが思ってる程冴えてる人間じゃない

いつだって問題を抱えて 法の世話にもなった

日々が過ぎ あてもなく漂う

あなたの心を繋ぎ止めることさえ出来ればいいのに



陽が沈むのを眺めながら川の傍に座ると

あなたがそこにいるのが見える

何故だか そんなに難しくないような気もする

あなたを愛することが たとえほとんど愛されてなくても

いつ解るんだろう 変化が訪れるその時が

太陽を見つめる 心が晴れてくる


川縁の石に腰を下ろしギターを弾きながら思う

これ程までに遠くへと 本当に僕らは離れていこうとしているのか?

ギクシャクしたよね

でも 僕らはまだやれるさ だから一緒にいよう



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 また素敵な曲を教えてください、大賀好修さん。




 最後にMVを。










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