文:創る「 “Long Term Memory (song by CASIOPEA)” (「199X年、あねおとうと」from虚構大学シリーズ)」




This is Sensation’s Fan Fiction


*PART 1*


Title:旅立ち


 エアコンの効き過ぎた部屋の窓を開けると、氷の表面みたいな冷気が僕の顔に触れた。午前1時。いい加減ベッドに入ってコンディションを整えないと、来週の入試で1時間目から爆睡してしまう。解ってはいるのに、頭ばかりが冴えていた。

「眠れへんのか」

 急に声がして振り向くと、兄がドア越しに立っている。いつもならとっくに先に寝ているのに、今日は珍しくこんな時間まで起きていたらしい。

「にいちゃんも?」

「ああ、俺は…ギター弾いててん」

「こんな時間まで?」

「つい、な」

「…前から一度言おう思ててんけど」

「何や」

「ごめん。俺が受験やから、にいちゃん、エレキギター、長いこと家で音出さんで弾いてたやろ。いっつもヘッドフォンして…」

「気にせんでええ。そんなこと。俺は大学でもスタジオでも練習出来るし、いいヘッドフォン買ったから使(つこ)てるだけや」

 午前1時だというのに相変わらずコーヒーばかり飲んでいる。兄は僕の部屋に入ってきた。僕は窓を薄く開けて、残りを閉めた。

「それよりお前こそ、ええのか」

「何が?」

「…何がて。あんだけ文学部に行きたい言うてたお前が、急に経営学部やなんて。偏差値足りてんのやろ?そやったら何で急に変えたん?志望学部」

「別に…まあ、同じ文系やし、受験科目も変わらんかったから…」

「俺に嘘つくな」

「嘘やないよ」

「嘘や。お前、前から歴史学勉強したいて言うてたやん。それがなんで急に…」

「なあにいちゃん」

「うん?」

「…僕、やりたいことが変わったんや。もちろん歴史も好きや。勉強はしたい。でも別に経営学部に入っても、史学の授業は取れるし、本も読める。それでええて思たんや」

「…ほんまか?」

「うん」

「…後悔ないんか」

「ない。絶対」

「そうか。ならええ」

 兄は僕の顔を見て笑った。笑うと細くなる黒目がちのところは、子供の頃から変わらない。

「なあにいちゃん」

「何や」

「もうイッコ謝らなあかんことがある」

「…何や」

「僕、今年、学校行きたくなくて休んでた時が多かったやろ?その時な、にいちゃんが大学行ってておらん日は、部屋入って、にいちゃんの漫画こっそり全部読んでた」

「おま…!ぜ、全部て…!」

「めっちゃおもろかった」

「学校休んどんのやろ⁈そんなん、オカンに見つかったらどない怒られるか解っとんのか⁈」

「大丈夫や。バレんようにやっとったから」

「全く…抜け目ないやっちゃな…」

「それでな、もし僕が無事に大学に受かったらな」

「ああ」

「欲しいコミックスがあんのやけど」

「…解った。どれでも好きなの持ってき」

「ほんま?」


 なあ、ノブにいちゃん。

 僕はにいちゃんのギターがどのくらい凄いんか、誰よりも知っとる。にいちゃんが毎日毎日、どのくらい練習して、どのくらい上達したか、この耳でずっと聞いてきた。

 にいちゃんがこのままプロになることは、火を見るより明らかや。

 それで僕は思たんや。

 いつか大人になったら、にいちゃんのライブを、僕の経営するステージでやりたいて。ライブハウスでもええ。とにかく、にいちゃんのステージを、僕が作りたい。そういう仕事をしたいて。

 まあ、絶対に内緒やけど。


「なあ」

「うん」 

「どの漫画でもええけど、持ってっていいのは、『ジョジョ』以外やで」

 すっかり冷めたコーヒーを啜って、兄はまた笑った。






*PART 2*


Title:思い(song by RAD HAMMER:sung by 大田紳一郎 from doa)


 「こんな時間にまたコーヒー飲んで」

「…姉ちゃん。急になんや」

「話しかけちゃあかんの?」

「そうやないけど」

「夜中12時過ぎてんのやで。いくら若いて言うても、カフェイン摂り過ぎやろ」

「ほっといて」

「…寂しいんやろ」

「何言うてんの」

「自分の、いつも仲良かった弟が、受験が終われば春からは東京やもんね。まあ、受かればの話やけど」

「受かるわ、そんなもん。あいつが受からん訳ないやろ」

「そうやね。だからあんた、寂しいのやろ?」

「いいからほっといてえな」

「ほっとけるかいな。大事な弟がいなくなりそうな時に、恋人と別れるなんて。流石にあんたも参ったやろ?」

「…何言うてんのや、姉ちゃん」

「分からんと思う?そんなことも」

「…」

「大丈夫?」

「…な、なんで分かったん…」

「わかりやす過ぎや。今まで何ヶ月も、週に2回は外泊して。週末はうちにいたことなんてなかったやろ?」

「…そうやったっけ…」

「最初は、ただ、弟が受験やから、励まそうと思て家におるようになったんかなて考えてたんやけど、そうやないなて。ギターばっかし弾いてるのは変わらんけど、いっつもマイナー調の曲弾いて。時々激しくなったなて思ても、陽気な曲なんて一個もない。おかしいて思うの普通やろ?」

「…あんな」

「…うん」

「…別れようて、言われたんや」

「そう…」

「理由、聞かないんか」

「話したいのん?」

「…べ、別に話したないけど…姉ちゃんが聞くなら…」

「はいはい、分かった。なんで別れたん?」

「…それが、俺もよう解らんのやけど、俺が年下やから、安心できんのやて」

「…」

「俺が、他の子らとばっかし、いるみたいに見えたらしい」

「ホンマはどうやの」

「別に、そんなことない。確かにまあ、モテんことはないかもしれんけど、でも、俺はそんなことなくて、ほんまに好きやったんは…」

「ねえ」

「何」

「いつかきっと、あんたをちゃんと分かってくれる人が現れる。その日まで、もしかしたらこんなこと何度かあるかも知れへんね」

「何度か?そんなにあるんか」

「仕方ないやろ、ミュージシャンになるんやから」

「…なんでそれも知ってんねん」

「知らん家族がおる?身内ならみんなわかっとるよ」

「…」

「まあ、よく考えるんやね」

「何を?」

「何が大事か」

「…」

「自分にとって、何が1番大事かわかったら、それを手放さんようにするんやね。そうしていればきっといつか、そんなあんたを、一番側で心から応援してくれる誰かが現れる。そう思うよ」

「…いつかなあ、それ」

「わからんけど、いつかや」

「なあ、俺にそんなこと言ってるけど、姉ちゃんこそ、例の男と、どないなっとるのや」

「心配せんでええよ。少なくともあんたよりは、付き合うのも別れるのも上手やから」

「はあー、言うてくれるわ」

「ねえ、ノブ」

「うん?」

「姉ちゃんは、あんたの味方になるとは限らんけど、でもいつも変わらず、あんたを応援しとるよ」

「…とっくにわかっとるわ、そんなこと」







*PART 3*


Title: 二重螺旋


 「…やっぱりノブやったんか」

「え、あ、ね、姉ちゃん、おはよう」

「おはよう。あんた、また子機持ったまま寝てしまったん?」

「あ、う、うん…」

「昨夜、自分の部屋で電話かけようか思てたんやけど。ま、ええわ。ちゃんと充電しといてね」

「あれ、おかんは…あ、そうか、今日はおらんのやね」

「うん。昨日、東京の私立の受験について行った。やっぱり心配やからって」

「そらそうや。一番下の弟が4日も連チャンで受験やからな…って、あれ、姉ちゃんはどうして今日…」

「会社の創立記念で休み。コーヒー飲む?」

「あ、うん。ありがとう…」

「それで?」

「…何が?」

「なんで断ったん?」

「何を」

「復縁。したいて迫ってきたんやろう?向こうから。昨夜」

「…何で解るねん、そんなこと」

「解りやすすぎやて。あんたの顔見とったら誰でも解るわ」

「俺ってそんなに解りやすいんかなあ…」

「解ってないのは自分だけや。で、何で断ったん?」

「なんでて…」

「まだ好きなんやろ?諦めきれんのやろ?あの年上の。あんなに入れ込んでたんやから」

「…まあな…」

「そやったら、やり直したってよかったやん。折角相手から言ってきたのに、断らんでも…」

「姉ちゃん」

「うん?」

「コーヒー、お代わり」

「自分で淹れ」

「…解った」

「私にも淹れて」

「何やそれ…。あの、別れた後な、俺、ずっと考えてたんや。姉ちゃんの言ったこと」

「何を?あ、ありがとう」

「クリープ自分で入れて。…姉ちゃんこの間言ったやん。一番大事なことは何か、よく考えって」

「そうやったね」

「で、考えたんや。俺、一番大事なんは」

「音楽やろ」

「そう。でもそれだけやなくて。俺、実は」

「バンドやろ?」

「…だからなんで解るねん」

「解らん方がおかしいて。こないだ大楠くん、うちに来てたやろ?ほら、友達2人連れて…まだ高校生の」

「そう。車谷くんと麻井くん。俺達、バンド始めたんや。インストバンド」

「インスト?」

「姉ちゃんも聞いとるヤツや。前に借りたカセットに入っとったで」

「うん。覚えてる」

「ほんまに上手い子達なんや。それで俺、一緒にやろうて言って。やり始めたらこれがまたえらいことシュッと纏まってな。俺感動して」

「へえ」

「それでな、俺、これは大事にしたいなて、本気で思たんや」

「そう」

「だから…だから昨夜は、もう会わへんって言った。姉ちゃんの言う通り、もしかしたらまだ好きかもしれん。でも俺は、もう、振り回されるのだけは、絶対に嫌なんや。そんなんは、性に合わへん。だからもう、お仕舞いにしようて決めたんや」

「…それでええの?」

「うん。どうや、さっぱりしたもんやろ?」

「ノブ」

「うん?」

「未練は愛情やなくて、ただの執着や。きっといつか今の気持ちも、スッキリする日が来る」

「…全部お見通しなんやな」

「何年あんたの姉ちゃんやっとるて思とるの。今朝のその目見たら解るわ」

「べ、別にわんわん泣いた訳やないで!」

「解っとる。でも、べそかいた時のあんたの顔は、子供の頃から一緒や」

「…」

「キョウダイいうんは、一部は同じDNAで繋がっとるの。あんたが嫌でも、解ってしまうもんなんや」

「DNAか…螺旋状やったっけ?二重螺旋。高校の生物で習った気いする」

「それより、お腹空いたやろ?何がいい?」

「え、作ってくれるの?」

「あんたの好きなもん作ってあげる。何が食べたい?」

「ええと…カレーがええ」

「はあ?まだ朝の9時半やで?!」

「でもカレーがええ。なあ、ええやろ?」

「…解らんなあ、これだけは、ってあんた、どこ行くの?顔も洗ってへんのに!」

「今日月曜やろ。『ジャンプ』買いに行かな」

「ええ?!」

「あ、姉ちゃん」

「何」

「…サンキュー」










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