(虚構大学・妄想学群キャンパス内、生協前にて)
「それ、興味ある?」
「え?」
昼休み、混み合う生協前。声をかけられて振り返ると、見知らぬ学生がこちらを見て立っていた。背が高くて細い。ニコッと笑った白いジーンズが初夏を思わせる出立ちだ。
「さっきからずっと見てるから。その黄色のポスター」
「あ…ええ、面白そうだなって」
「1年生?」
「ううん、2年」
聞かれるのも無理はない。入部希望者募集、なんて書いてあるポスターを見ているのは大抵は新入生のはずだ。
「何か部活とか、サークルとかしてる?」
「別に、今は何も」
答えを曖昧にぼかした。実はやめようかと思っている矢先だった。今いるサークルには1年在籍していて、その間、誰かが誰かとくっついたり離れたり、まあおおよそ大学生らしいことをしている、といったところだが、私にはそれは煩わしいだけだった。
それだけではない。まさか自分がその当事者になるなんて。冗談じゃない、と叫ぼうかと思った矢先、なんと昨年のクリスマス、実家暮らしの私のところに、真っ赤なバラの花束が届いてしまったのだ。親はもちろん、私だって驚いた。どう考えても自分に似つかわしくない花束を見つめながら、付き合ってもいない先輩から、どうしてこんなものが届くのかと困惑するばかりだった。
一応お礼は言わないと、と母に諭され、翌日先輩に会った。
先輩には以前からずっと、私ではない好きな人がいた。有名だったから私も知っていた。それが、彼女に振られて、そして、先輩曰く、「気づいたら、キミがいたんだよね。」
じゃあ、それまでの私って何?彼女に振られなかったら、見向きもされなかったってことじゃないの?そう思ったら、既に9割がた閉じられていた心の扉に、完全にシャッターが下されてしまった。
先輩はその後1時間半ほどかけて私を説得しにかかったが、私は動かなかった。
誤解があるといけないので言うと、先輩が悪いという訳ではなかった。私はもっと、自由でいたい。そういう、誰が好きとか誰と付き合いたいとかいうのは、もう少し後でいい。今はもっと、違うことに気持ちを向けたい。そう、自分のこととか。今年20歳になるというのにおかしいかもしれないが、そういう気分だった。
だからこれを機に、サークルを辞めてしまおうと思いながらも、ズルズルと新学期を迎えてしまっていたという訳である。正直、やめると言いに行くのも面倒だ、という感じであった。
「音楽は好き?」
彼は私の思惑など気にもしないで、明るく尋ねた。
「ええ、大好き。自分で歌ったり演奏したりはしないけど、ライブに行くのは好き」
「じゃあ絶対楽しいと思うよ、ここ」
彼が見上げたポスターを私ももう一度見つめた。レモンイエローの色味が眩しい。
「これって、1年生が作ったサークルなのね。前に聞いたわ。なんか凄いギタリストが入ったらしいって」
「噂になってるの?」
「うん。同じ科の、バンドやってる男子が騒いでた。彼はベーシストで、科のみんなをライブに誘うようなノリのいい人で…ってあれ?これってもしかして…」
「そう、俺」
今頃気づくなんてどれだけ鈍いのか。私は目の前の彼と同一人物のポスターの写真の人物を見比べた。
「…凄いじゃない」
「そうかな…へへ」
彼は少しだけ恥ずかしそうに目を伏せて笑った。
「ここでは、どんなことしてるの?」
「色々だけど…メインはね、俺が作った音楽を聴いてもらうんだ。全部新しい曲だよ。このサークルのためのね。ギターで演奏したりしながら、どうやって作るのかとか、どんなふうに音を重ねていくのかとか、話しながら聞いてもらってる。時々、マニアックな話もするけど、それはそれで楽しいと思うからさ」
目を輝かせて彼は話す。きっとこんな人柄なら、たくさんの学生が入部しているに違いない。生協前は昼休みが終わりに近づくにつれ段々と人波が薄れて行き、私と彼との間には十分に呼吸をする程度の隙間がようやく空いた。
「作曲とか編曲に詳しいのね」
「うん。あとは、雑談もするし、ギターの弾き方の話もする。初級の人向けにもね。こないだは、サークル用のポストカードも作って、入ってくれた人みんなに配ったりした」
「へえ。会員証みたいなもの?」
「そうかも。ふふ」
「なんか、めちゃくちゃ特別感あるね。ひとつのサークル活動というより、毎回が学園祭みたい。どのくらいの頻度で集まってるの?」
「時間も曜日もまちまちだけど、一応週2を守ってる。ツキイチで必ず長い時間取って集まったりね」
「バイトとか授業で来られない子はどうするの?」
「ネット上にアーカイブを残しているから、欠席の子のフォローだけじゃなくて、誰でも復習出来るようにしてる」
「至れり尽くせりなのね。でもさ、そんなにサービス精神旺盛で、大丈夫?疲れない?君にだって、毎日やることがあるでしょう?」
「うん、あるけどさ、でも、俺がしたくて始めたことだから。忙しくても、楽しいんだ」
彼は笑った。何か温かいものが心に灯るような気がした。
「みんな、君のプレイが好きってことね」
「だといいな」
「あ、ううん、そうじゃないわね」
「え?」
「言い直すわ。みんな、君が好きなのよ」
彼を見た。きれいな目をしている。水が流れているみたいな瞳。
同時に思った。私には、何かあるんだろうか。したくてしていることって。楽しくて仕方がないことって。
「…それで?」
「え?」
「君はどうする?入る?よかったら、今持ってるけど、入部希望届」
彼はバッグからA4の紙を取り出した。筆記用具を出そうとするので、大丈夫と言って、自分のペンケースを探した。
いいのかな、今、入って。
もう一度ポスターを見た。
そうね。こういうのを、チャンスって言うのかも。
彼の活動に乗っかってるうちに、私にも、自分が本当にしたいことが、見つかるかもしれない。こんなエナジーを持ってる人なら、話聞いているだけで楽しそう。楽器なんて出来ないし、カラオケもそんなに好きじゃない。でも、この人と一緒にいたら、今まで知らなかった自分に出会えるかもしれない。
ボールペンを引っ張り出して用紙を貰い受けた。この手でギターを弾くのか。
「…じゃあ、ええと、何て書けばいいの?サークル名」
「ROOM OHGAって書いて。全部大文字だよ」
この人、大賀くんって言うのか。ローマ字を綴りながら思った。
Instagram内の大賀さんのクローズドコミュニティROOM OHGAにて、情報の解禁がご本人からアナウンスになりました。
自身から「どんなことをしているのか、SNSなどで書いてくれていいですよ」ってことでしたので、規定に抵触しない程度に(笑)、ご紹介を兼ねてこんな文章を書き、もっとずっと短くしてインスタに載せたのですが、なかなか見に来て頂けないので、どうせならと思ってこちらにExtended Versionとして掲載しました。
大人のサークル活動、楽しいですよ。
1枚目の写真は、大賀さんからROOMMATES宛に送られてきた直筆サイン入りのカードです。これも載せていいよってことでしたので、加工して掲載しました。
私は、彼がみんなに愛されるのが嬉しいです。
自分が好きな人は、みんなに好かれた方が、嬉しいでしょう?
だから。
ね、大賀さん。
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